読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

一般人にも真性ヲタクにもなれなかった人のブログ

中途半端な人間の気持ちが、わかるってのか…!!

アンリーになりかけていた、私のお話。

こんにちは、アキノです。

先日、こんな記事を書かせて頂きました。

akinomiyako.hatenablog.com

 

するとある日、私のブログにはありえないくらいの桁数のアクセスを頂いておりまして、ちょっとびびりつつも…。ありがたい気持ちです。

まだオンリーファンが出来る理由については考えているところがあって、ちょっと書いてみたくて。少しアクセスがおさまったというチキンな理由で、今回自分のことを書いてみようと思いました。

※前回と同様に、私はオンリーファンを駆逐したいわけでもないですし、グループ至上主義を掲げて戦うことには反対です。※

 

 

私、アンチになりかけていました。

 ここは雑食ブログなのであまりきちんと書いていませんが、私はKinKi Kidsのファンです。1998年頃に光一さんのファンになり、それからKinKiの番組を録画したり、リリースされた作品も買うようになり、コンサートに行くようになりました。

当時は「オンリー」なんて言葉もなかったように思います。別に「光ちゃんファン」で良かったのです。今みたいに「寄り」なんて言葉を使って、「私はオンリーではありません」アピールをする必要もありませんでした。

光ちゃんファン」でしたが、剛さんのドラマや出演番組もちゃんと見てましたし、雑誌もチェックしていましたしね。それが普通でした。

24時間テレビのお手紙もすごくいいなぁと感動して泣いたのも、今となってはファンになったひとつのきっかけだったと思います。2人がKinKi Kidsであることは、すべての前提だったのです。

しかし、ファンになってから少しずつ、剛さんの目が死んだようになっていきました。光一さんに対してそっけない時があったり、たまに「それはちょっと冷たくない!?」という言葉を投げかけたりすることもあったように感じたのです。

私は10代の多感な頃だったので、敏感だったと思います。剛さんに対して怒ったり、凹んだり。手紙を書いたこともあります。「冗談でも解散とか言わないで」って(黒歴史)。光ちゃんを傷つけないでとか言いながら、勝手に傷ついていたのは私です。

でも、やっぱり光一さんに対して優しくて愛のある剛さんも垣間見えたので、その度に浮上していました。そして、突き落とされるの繰り返し。

私は子供で、自分中心の視野しか持っていませんでしたが、その時も剛さんは剛さんの人生をいきており。病などに苦しみながらもがいていたわけです。特定の相手にというわけではなく、彼の精神状態そのものが嵐のように波打っていたのだと思います。

しかし。そんなこともわからない10代の私は、ソロコンサートが決まったとき、猛烈に裏切られたような気持ちになりました。KinKiでは、光一さんではダメなのかと。

失意の私はソロコンには申込みませんでしたが…。結果、アルバムのタイトルを「ROSSO E AZZURRO」(メンバーカラーの赤と青)と名付けた剛さんに心動かされチケットを探し、光一さん初の作詞作曲「MY WISH」を歌う剛さんに号泣し、剛さんを信じるんだ…と思ったのです。

それでもやはり、ぐらつくことは多々ありましたが。やはり心に決まったのは、次の剛さんソロツアー「si;」を見た、光一さんのジャニウェブの更新を読んだ時です。

剛さんはこのツアー、事務所まかせではなく、直接一緒にやりたい人に声をかけてバンドメンバーも編成して。アイドルという音楽をやるにはマイナススタートの立場の中、自分の音楽で信用を勝ち取った繋がりでもって、オーラスを迎えました。きっと達成感も半端がないものだったでしょう。

そのオーラス。光一さんも客席にいる中、『バンドメンバーの支えがあったからこそ、ここまでがんばれた』という趣旨の発言をしました。今思えば不思議ですが、ファンはざわつきました。私も「また剛さんやってしまった…」と感じたのです。「光ちゃんは…?」ということだと思います。「光ちゃんも辛い時期、ずっと支えてたよ」ってね。その当時の私はある程度冷静でしたが、やはりこのざわつく感じは嫌で。

ただ、ファンの不穏な空気を察知したのか、光一さんが自身のジャニウェブページに感想をアップされたのです。私はこれを読んで、なんか泣けてきて。もう絶対、剛さんのことを信じきるって決めました。

光一さんは剛さんのことを一人の人間として、ステージを作る人間として、この世界を作り出せたことや人との信頼を築けたことを喜んでいて、その努力も認めていて。

大好きな光一さんがこんなに信じている人なんだから、絶対に何があっても最後まで信じきると決めました。

それからもう、10年以上経っていますが。KinKi Kids2人のファンを続けてきて、良かったとしか思えません。お互いのそれぞれの世界、融合したときの世界、今の2人の関係性。よく最近みなさんおっしゃる、「KinKi尊い」そのもの。2人を信じて見続けてこなければ、味わえなかったということを含めても、尊い感情です。


お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが

この感じ。私も書いていて、自分が気持ち悪いのですが…。

私ってば、まるで剛くんに恋する乙女みたいじゃないですか…??

嫌い嫌いも好きのうちって、こういう感情だと思うんですよね。興味がない人は、まず対象を見ない。気になる人が自分の思い通りにいかないから、苦しい…。例えば恋愛なら、その苦しさの意味がわかるでしょうが。

この場合理由がわからないから、怒りしか感情の行き場がないんです。これは赤ちゃんや子どもを見ていれば、わかります。思い通りにならないもどかしさは、相手へ怒りとしてぶつける以外知りません。

今、片方のアンチでありながらオンリーをされている人は、何がきっかけでそうなったのかはわかりません。ただもしかすると、片方が自分の思い通りにならなかったからかもしれません。そうでなければ、普通のオンリーをされているはずなのです。

私は剛さんに対して、「もっと光ちゃんに優しくしてよ!」と思っていた時期がありました。それが上手くいかなくて、嫌いになりかけていたのです。

お互いのパートナーに対して、事務所に対して、2人活動を称える人に対して…。きっと、自分が持つ「こんな活動をもっとしてほしい」「こういう存在であってほしい」という考えの思い通りにならず、怒りがこみあげてくることでしょう。

逆に、グループ至上主義の方も。アンリーや事務所が思い通りにならないからといって、怒りがこみあげてきたとしても、それをぶつけないことです。お互い同じ行動をして、ぶつけあう結果になってしまいます。

やっていることは、すべて。どちらも本質的に同じです。「自分の思い通りにならない」というやるせない感情を、誰かへの怒りにすり替え、ぶつけているだけです。

どうすればいいのかというと、私はそれぞれがそれぞれの世界を楽しめばいいのだと思います。2人の世界が好きな人も、ソロの世界が好きな人も、両方が好きな人も。誰も何も邪魔していません。2人が、光一さん・剛さんそれぞれが、ただ自己表現をされているだけです。それを、ただ楽しめばいいのです。


自覚アリの妄想と、自覚ナシの妄想と


前回の記事でも書きましたように、好きすぎるとその人に同化してしまう傾向が、ファンにはあると思っています。例えばわかりやすいところだと、コスプレもそのひとつの形だと感じるんです。

「好きすぎて、●●になりたい」というのは自覚があるので、セーフですが。無意識に対象の人物に「なって」しまっている人は質が悪い。

コスプレ・ナリ・二次創作などは妄想であり、グレーめな遊びや趣味という自覚がある分だけ、節度を守ろうという意識もあるし、まだマシだと思うんです。危険なのは、無意識に「●●は悲劇のヒーロー。かわいそう!○○から守らなきゃ!」と、妄想してしまっているパターン。

これは本人に妄想の意識がないので、暴走してしまいます。私もそうでした。

大人になってからわかったのですが、私の大好きな光一さんや剛さんは、そんなちゃっちい人間ではないということです。「かわいそう」とか、下に見てるってことでしょ。自分と同じレベルまで、彼らを貶めていることと同義です。

彼らはそんな低次元なところでは生きていません。自分たちの意志の下、自分で人生を作っていける人間です。もし、そう思えないということであれば、彼らを信用出来ていないということを意味するのではないでしょうか。つまりそれは愛ではなく、お人形扱いです。

私はKinKiが好きなのでKinKiを例にしかあげれませんが、他グループの方でも同様の問題があるのであれば、根本は同じだと思います。ただ、みんな思い通りにいかないことを怒りにすり替え、仮想敵を作ってぶつけているだけ。

自分たちの大好きなタレントさんなんですから、一人の人間としてリスペクトして。妄想するなら、自分が「楽しい」妄想を。それが幸せなヲタクライフではないのかなぁと考えます。

子供だった自分への反省もこめて、ね。